結月の考察室 / 素材をたどる研究ノート。
素材研究繭の外側のセリシンは、なぜ取り除かれてきたのか?絹づくりと素材研究をたどる
繭の中では糸を包み、絹をつくるときには除かれる。セリシンはなぜ取り除かれ、いま何を研究されているのか。繭の構造から、細胞・動物・ヒトの研究までを、試料の違いを確かめながらたどります。
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AT A GLANCE
まず、3つだけ
繭は二つのたんぱく質でできている
中心のフィブロインを、外側のセリシンが包みます。絹糸に仕上げる段階では、二つに異なる役割が求められます。
「セリシン」は一つの試料名ではない
繭、抽出法、精製、共に混ざる成分、基剤が違えば、研究で使われる試料は別物になり得ます。
ヒト研究は局所・少人数・短時間
確認できたヒト研究は、特定のHSGを前腕へ塗った試験です。経口摂取による全身的な有効性は判断できません。
白い繭を指先でつまむと、軽くて、乾いていて、それでいて少しやわらかい。
中には長い一本の絹糸がある、と学校で習った記憶があるかもしれません。けれど繭は、ただ糸を丸めたものではありません。糸の中心をつくる成分の外側には、もう一つ、繊維を包む層があります。それがセリシンです。
絹糸をなめらかに仕上げるため、製糸の工程ではこの層を取り除きます。ところが近年、その「取り除かれる側」の成分を、別の素材として調べる研究が続いています。
ここで「セリシンは美容や健康によい」と急いで結論づけることはできません。繭の種類、抽出・精製法、混ざる成分、配合するクリームやゲルが違えば、同じ名で呼ばれる試料でも別物です。
COCOON STRUCTURE
繭は何でできているのか
繭をつくる絹の主なタンパク質は、フィブロインとセリシンです。フィブロインは絹糸の中心をつくり、繊維としての強さや形に関わります。セリシンは外側を包み、繊維どうしのまとまりにも関わります。
セリシン
フィブロイン
中心のフィブロインが主役で、セリシンが不要な脇役というわけではありません。繭という構造をつくる段階では、どちらにも役割があります。けれど、絹糸として使う段階では、求められる性質が変わります。
FROM COCOON TO SILK
なぜセリシンは取り除かれるのか
繭から絹糸を得る工程には、煮繭や精練があります。精練は繊維の外側にあるセリシンを除き、絹糸をなめらかに仕上げるための工程です(R02)。これは価値のないものを捨てるためではなく、絹糸として望まれる風合いや扱いやすさを得るための、用途に応じた工程です。
- 繭フィブロインをセリシンが包む
- 煮繭・精練繊維を仕上げる工程
- セリシンが除かれる精練液側へ移る
- 絹糸フィブロインを中心とした繊維
通常の絹糸として使いにくい変形繭、汚繭、小玉繭、キビソなどからセリシンを回収する研究もあります(R01)。ただし、副産物だから環境問題を解決する素材だとまでは言えません。原料量、回収に要するエネルギー、排水、用途ごとの実用性は別に確かめる必要があります。
A MATERIAL, NOT A SINGLE THING
副産物から研究素材へセリシンは一つではない
取り出し方が違えば、残る分子の大きさや、ほかの成分がどこまで混ざるかも変わり得ます。膜やゲルにしやすいかといった材料上の性質も、その条件に関わります(R02、R05)。水と熱、酸、アルカリ、塩を含む溶液など、抽出方法はさまざまです。ろ過、透析、沈殿、乾燥も、試料の中身に関わる工程です。
水と熱だけを使った抽出条件の最適化研究では、45回の実験で回収率は9〜18%でした。これは原料、温度、時間、精製工程を定めた実験の結果であり、どんな繭でも同じ割合で取れるという意味ではありません(R05)。
HSGは、特定の高分子量セリシンをグリセリン中で扱いやすくした研究用の組成物です。塩化カルシウムを含む条件で抽出して調製され、家庭で煮出した液ではありません(R03、R04)。流動性や膜形成は測定されましたが、それだけで人の皮膚を守ることや医療材料としての安全性までは決まりません。
EVIDENCE LADDER
研究は、どこまで進んでいる?
- E2 培養細胞調製した試料を細胞へ直接加え、反応を調べる段階。
- E3 動物モデルラットの特定の創傷・皮膚モデルへ局所使用した段階。
- E5 少人数のヒト局所試験特定HSGを健常成人の前腕へ数時間塗り、TEWLを測定。
- ? 経口摂取の全身作用今回確認した資料では、人を対象にした介入研究を確認できません。
CELL STUDIES / E2
細胞研究:抽出法の違いは、反応にも表れた
研究段階:E2(培養細胞) 培養皿の中で、特定の細胞がどう反応したかを見る実験です。人の肌や健康を直接調べる研究ではありません。
同じ繭由来でも、抽出法と濃度で反応が違った
水熱、酸、アルカリ、尿素で抽出した試料は、L929マウス線維芽細胞で異なる反応を示しました。40 µg/mL以下では明確な細胞毒性は報告されず、尿素抽出試料は100 µg/mL超で強い毒性を示しました。水熱抽出試料では、一定濃度範囲で可溶性I型コラーゲンの測定値が最も高くなりました。
タイ産白繭由来の4試料を、抽出後に透析・凍結乾燥し、8〜1,000 µg/mLで24時間添加しました(R06)。
抽出法と濃度が違えば、培養細胞での生存率とコラーゲン測定値も変わることを示した研究です。人の皮膚、保湿、創傷治癒を測ったものではありません。
精製すると、「抗酸化」と呼ばれた現象の中身が変わった
過酸化水素で傷害を与えた661Wマウス網膜視細胞で、細胞保護がはっきり見られたのは主に粗試料のメタノール抽出物でした。透析した精製セリシンでは、明確な保護はほとんど見られませんでした。
未洗浄繭を121℃・4時間で水熱抽出後、粗試料、3.5 kDaで透析した試料、粗試料のメタノール抽出物を、主に1・5 mg/mLで比較しました(R08)。
メタノール抽出物ではフラボノイドが定性検出され、著者らは共抽出された非タンパク質成分の関与を示しました。セリシン一般の性質、皮膚・化粧品・食品・人への効果を測った研究ではありません。
ガンマ線を照射したセリシンをHaCaTヒト角化細胞株へ前処理した研究もあります(R09)。ただし、元の繭由来、抽出法、分子量の記載は十分でなく、さらに5 kGyの照射という特別な処理が加わっています。通常のセリシンや家庭抽出液の結果としては扱えません。
ANIMAL STUDIES / E3
動物研究:局所クリーム/ゲルをラットで調べる
研究段階:E3(動物モデル) ラットに塗った特定のクリームやゲルの結果は、人の治療効果を意味しません。
8%セリシンクリームのラット研究
8%セリシンクリームと基剤を比べた群では、創傷面積が90%縮小するまでの日数が、セリシンクリームで11日、基剤で15日と報告されました。組織像にも群差が記載されています。
90〜125 kDaとされたセリシン粉末を含む特定クリームを、全層皮膚欠損をつくった雄Sprague-Dawleyラット18匹へ15日間局所塗布しました。基剤、別群ではポビドンヨードと比較しました(R10)。
セリシン単独でなく、ワセリン、鉱物油、ラノリン、グリセリンなどを含む特定のクリームによる、少数ラットの結果です。人の傷や長期安全性を直接示すものではありません。
1%セリシンゲルのラット皮弁モデル
1%ゲル群で、基剤群や手術のみの群より壊死面積が低いことなどが報告されました。
120℃・1時間の水熱抽出、ろ過、エタノール沈殿、凍結乾燥で調製したセリシンを、1% Na-CMCゲルとして雄Wistarラットの背部皮弁/切開モデルに9日間局所塗布し、10日目に評価しました(R12)。
手術的に作った皮弁モデルと特定ゲルの結果です。家庭の液、人の創傷、日常的な皮膚トラブルへはそのまま当てはめられません。
急性カラゲナン足浮腫モデルや、イミキモドで作ったラット皮膚炎様モデルの局所研究もあります(R11、R13)。複数のモデルを並べても、セリシンが人の皮膚疾患を治療するという結論にはなりません。
HUMAN STUDIES / E5
ヒト研究:前腕で測られた短時間の水分蒸散指標
研究段階:E5(ヒト局所試験) 確認できたのは特定HSGを前腕へ塗り、経皮水分蒸散量(TEWL)を測った小規模・短時間の試験です。TEWLは皮膚から水分がどの程度逃げやすいかを見る指標で、病気が治ったか、長期的に肌が変わったかを直接見るものではありません。
7人の前腕試験:HSG希釈液とTEWL
HSGを塗った部位では、60分を除く時点で無処置部位より相対TEWLが低く、240分と360分では低分子量セリシン部位より低かったと報告されました。
健常成人7人の前腕で、10 wt% HSG希釈液、低分子量セリシン溶液、無処置を比べ、30分から360分までTEWLを測りました(R04)。
特定HSGを健常成人の前腕へ数時間塗ったときの水分蒸散指標です。一般の化粧品、家庭抽出液、敏感肌や皮膚疾患、長期使用を代表しません。
5人の前腕試験:HSG配合クリームとTEWL
120分後の相対TEWLは、HSG配合クリーム48.1%、プラセボ77.5%、無処置85.5%と報告されました。
成人5人の前腕で、2.5 wt% HSG配合クリーム、HSGをグリセリンに置き換えたプラセボクリーム、無処置を比べました(R04)。
特定の原料・抽出法・グリセリンを含むHSGまたはその配合クリームを、健常成人の前腕に短時間塗った場合のTEWLです。一般のセリシン化粧品、家庭抽出液、敏感肌や皮膚疾患、長期使用を代表しません。
AT HOME
家庭で作るセリシン液について
繭を煮出して液をつくる実習や、まゆだま、化粧水、石けんといった家庭利用の紹介を見かけることがあります。繭から何かが水に溶け出すこと自体は不思議ではありません。
ただし、家庭で得る液と論文に登場する試料を同じものとして扱うことはできません。原著研究では、原料、温度、時間、ろ過や透析、濃度、基剤までを定めています。家庭抽出液で、どの程度のセリシンが含まれるか、どの分子や別の成分が残るか、保存中にどう変わるかは、今回の資料では確認できません。
微生物、刺激、感作、保存性を評価した資料も確認できませんでした。「天然だから安心」「冷蔵すれば何日使える」といった結論は、この範囲からは出せません。これは家庭で繭を観察することを怖がるためではなく、研究用の材料との条件の差を消さないための注意です。
KNOWN / UNKNOWN
ここまで分かっていること/まだ言えないこと
ここまでに言えること
- 繭では、フィブロインの外側をセリシンが包んでいる。
- 精練でセリシンを除くのは、絹糸を仕上げる工程である。
- 抽出法、精製、分子量分布、共抽出成分、基剤で研究試料は変わる。
- 培養細胞、ラット局所モデル、少人数のヒト局所TEWL試験がある。
まだ言えないこと
- セリシン一般が人で抗酸化・保湿・抗炎症を示すこと。
- 家庭抽出液が研究試料や化粧品原料と同じ性質を持つこと。
- 食べることで全身の健康上の利益が得られること。
- 人の創傷や皮膚疾患を治療できること、長期安全性が確立していること。
「研究がある」と「人で確かめられている」は、同じ言葉ではありません。
NEXT QUESTIONS
次に確かめたい四つのこと
抽出法で何が変わるか
回収量だけでなく、分子量分布、残留成分、安定性、細胞反応を同じ基準で比べる必要があります。
分子の大きさと性質
高分子量・低分子量という言葉だけでは、試料の全体像を表し切れません。
ヒト研究はどこまで進むか
より長い期間、多様な参加者、刺激・有害事象、独立した再現研究を確かめる必要があります。
副産物の利用は何を変えるか
回収、精製、製剤化、品質管理、用途ごとの安全性までを含めて考える必要があります。
CLOSING
繭の外側にあったものを、もう一度見る
繭の中でセリシンは、フィブロインのまわりにありました。糸を守り、束ねる側の成分です。絹をつくる工程では、その層を除くことで、なめらかな糸が仕上がります。
いま研究室では、その外側の層を、もう一度取り出して見ています。水熱抽出物、精製試料、共抽出画分、クリーム、ゲル、HSG。名前は同じでも、研究の中では別の素材として扱われています。
だからこそ、セリシンは「捨てられていたのに実はすごい成分」という短い物語では終わりません。絹づくりで必要だった工程と、研究素材として必要になる工程。その間にある条件の違いをたどることが、繭をもう一度見ることなのだと思います。
REFERENCES
参考文献
一次研究(10件)
- Qadir J, et al. Quantification of sericin extracted from different seri bio-waste sources. 2025.(R01)
- Imae R, et al. High molecular weight sericin/glycerol composition. 2024. DOI: 10.11417/silk.32.29(R04)
- Gómez et al. Optimization of the Green Conventional Extraction Method. 2025.(R05)
- Aramwit P, et al. Various Extraction Methods on Cell Viability and Collagen Production. 2010. DOI: 10.3390/ijms11052200(R06)
- Suzuki S, et al. Antioxidative Effects in Murine Retinal Cells. 2022. DOI: 10.3390/molecules27144635(R08)
- Choi JH, et al. Gamma-irradiated silk sericin and fibroin. 2023. DOI: 10.4196/kjpp.2023.27.1.105(R09)
- Aramwit P, Sangcakul A. Sericin Cream on Wound Healing in Rats. 2007. DOI: 10.1271/bbb.70243(R10)
- Aramwit P, et al. Anti-inflammatory Potential of Silk Sericin. 2013. DOI: 10.1177/1934578X1300800424(R11)
- Ersel M, et al. Effects of Silk Sericin on Incision Wound Healing. 2016. DOI: 10.12659/MSM.897981(R12)
- Aramwit P, et al. Bombyx mori sericin on rat skin psoriasis. 2021. DOI: 10.1016/j.jtcme.2021.06.007(R13)
レビュー・公的資料(2件)
- Yang Y, et al. Sericin coats of silk fibres. 2024. DOI: 10.1016/j.mtbio.2024.101306(R02)
- 農研機構「カイコ繭からの高分子量セリシンの抽出・安定化技術」(R03)

